この記事に目を通していただき、

ありがとうございます。

今回も「私の好きなレスラー」を語る上で

外せないレスラーの一人である

大仁田厚選手について、

経歴とともに

熱く語らせて頂きたいと思います。

プロレスは好きだけど、大仁田はちょっと…

デスマッチばかりの、口だけの選手でしょ?

そういったイメージを持っている方こそ、

一度読んで頂けると嬉しいです。

宜しくお願い致します!

デビューはメジャー・全日本

大仁田選手は

長崎県長崎市出身。

瓊浦高等学校に入学するも中退し、

徒歩で日本一周旅行を計画するも、

火事で実家が全焼した知らせが入り断念。

1973年にジャイアント馬場に憧れ

全日本プロレスに「新弟子第一号」として入門し

翌年4月にデビューを果たします。

1981年に海外遠征に出発。

旧西ドイツ、プエルリコなどを転戦し

その後、アメリカでミスター・オーニタのリングネームで

NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座を奪取。

このベルトを引っ提げ凱旋帰国した大仁田選手は、

当時ライバル団体の新日本プロレスで大人気だった

初代タイガーマスクに対抗し、

ジュニア戦線のチャンピオンとして活躍。

タイガーマスクのような華麗さ、

アクロバティックさは無いものの、

武骨で感情むき出しのファイトスタイルで人気を博し、

  • ジャイアント馬場
  • ジャンボ鶴田
  • 天龍源一郎

に続く、全日本第4の男として

注目を集めました。

しかし1983年4月の試合終了後に、

リングを飛び降りた際に足を滑らせ

全体重がかかった状態で膝を床に強打。

左膝蓋骨粉砕骨折の診断を受け長期欠場。

医師からは再起不能の宣告を受けてしまいます。

その後一度は復帰したものの、

かつてのような活躍は果たせず、

馬場夫妻に勧告により

1984年12月に引退を賭けたタイトルマッチを行いますが敗退。

1985年1月に引退式が行われました。

馬場夫妻は大仁田選手の事を非常に可愛がっており、

本気で養子にしようと考えていたり、

夫人の馬場元子さんも引退式後に大仁田選手を抱きしめて号泣していたなど、

苦渋の決断であったことがうかがえます。

FMW設立へ

引退後は、

全日本時代の知名度を利用しタレントに転向。

ですが長続きせず、

その後、事業家として一時成功しますが、

没落して借金まみれに。

土木作業員や配達員などの仕事を経て

ジャパン女子プロレスのコーチに就任します。

1988年にそこで同じくコーチをしていた

グラン浜田選手との団体内での遺恨の決着をつけるために現役復帰。

1989年に手元にあった全財産5万円を元手に

自らの団体FMWを旗揚げ。

1990年8月に行われたターザン後藤選手との

ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチで一気にブレイクし、

この年のプロレス大賞年間最高試合賞を受賞します。

新日本、全日本に続く

第3の団体として人気を博しますが

1993年には過密日程による過労により倒れ、一時危篤状態に。

1994年にはデスマッチによる縫合箇所が1000針を超えるなど、

文字通り命を削る戦いが続きます。

1994年に2度目の引退宣言。(95年に2度目の引退)

1年かけた引退ツアーを行い、

大仁田選手の試合が見納めになると思ったファンを多数集客しました。

一時は俳優業に専念していましたが、

1996年にまたも復帰。

その後も引退・復帰を繰り返し、

新日本プロレス参戦や大学受験、国会議員、タレント活動など

プロレスファンのみならず

一般のマスメディアをも巻き込み

話題の中心であり続けました。

私が「大仁田信者」である、その理由

ここからは、

私がなぜ大仁田選手が大好きなのかについて

自由にお話させて頂きたいと思います。

個人的な見解ですが、

大仁田選手はプロレス界屈指の

頭のいい選手である

というのが、私の印象です。

元々全日本プロレスでデビューを果たしましたが、

アクシデントにより現役続行が困難になりました。

高校中退しプロレスラーになった大仁田選手は、

プロレス以外に生きる道を見出せず、

様々な職を転々とし、

もう満足に動かせない体ながらも現役復帰をした。

そこで選んだ生きる道が

邪道という生き様。

デスマッチ。

ストロングスタイル、王道スタイルでプロレスが出来るなら、

とっくにやっていたのだと思います。

自分の能力の限界を自覚しながら、

それでも生きることが出来る道を模索した。

世間にどれだけ笑われても、馬鹿にされても

カッコよくなりたい。

目立ちたい。

大好きなプロレスラーでいたい。

自分の素直な欲求に忠実に

自分の本当にやりたい事をやる。

話題だけでしょ?

試合がつまらないじゃん。

大仁田選手が嫌いな人の印象としては、

こういった意見があるかと思いますが

逆に言えば、

試合すら満足に出来ない状態で

話題の中心で居続けることが、

どれだけ大変なことか。

大仁田選手より試合が出来るプロレスラーばかりの中で

プロレスラーで居続けることが、

どれだけ大変なことか。

傍観者、評論家になるのは簡単です。

いざ自分の本当にやりたいこと、

大好きなことに向き合って、挑戦してみると

自分の実力が、嫌というほどわかります。

人の批判をしている時間など、無くなっていきます。

私は昔から文章を書くのが好きで

そして何よりプロレスが大好きで、

大好きなプロレスラーの魅力を

自分の気持ちを伝えてみたくて

稚拙ながらもライター業をはじめました。

その一端には、世間の目など気にせず、

戦略を考え、自分の思うまま突き進む大仁田選手が

大きな道しるべであったことは間違いありません。

大仁田厚選手の魅力が僕の記事を通して

少しでも伝わっていれば、とても嬉しいです。

感想やコメントもよろしくです。

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マウナケアあつし

マウナケアあつし

ロックとプロレスをこよなく愛する三十路プヲタ 幼少期はいじめられっこだった僕は、ある日父親にプロレス会場に連れていってもらったおかげでプロレスFANになり、強い男になることを決意。いじめっこを「ノド輪落とし」で撃退し、無事にいじめからの脱出に成功できた。プロレス観戦歴20年を超える私のかなり「歪んだ」プロレス観を書いています。詳しいプロフィールはこちら→プロフィール