現在の日本プロレス界において

文字通り「一人勝ち」を続けている新日本プロレス。

そんな新日本プロレスで

今一番存在感を示していると感じるレスラーは、

みなさんは誰だと思いますか?

内藤選手?棚橋選手?オカダ選手?

かれこれ20年近くプロレス観戦してきた私が今推しているのは、

ずばり今回ご紹介する

「ミスター太鼓持ち」

「1年に100人の逸材」

タイチ選手です!!

そんなタイチ選手を

デビュー当時から見てきているのですが

身長177cmと小柄で、

特別運動能力が高いわけでもなく

新人時代、お世辞にも素質があるとか、

トップ戦線に食い入るレスラーになるとは

全く思えませんでした。

それでもプロレス界に生き残り続け、

現在の地位に至るまでの経緯を、

熱くご紹介させていただきます!

デビューは王道・全日本プロレス

タイチ選手(本名:牧 太一郎)は

中学時代から一人でトレーニングを行い

中学3年のときに札幌で行われた

パンクラスの入門テストに合格しますが、

両親の反対により

北海道岩見沢農業高等学校に進学します。

そこで名門であったレスリング部に所属し、

97年国体の北海道大会予選で2位の成績を納め、

インターハイ出場。

大学に進学するも退学し、

2001年9月に全日本プロレスに練習生見習いとして入門。

2002年12月2日、

1年で75kgから10kg増えたらデビューという条件だったが、

欠場選手が続いたため、

条件に満たないまま「石狩太一」として

新潟・長岡市厚生会館大会にてデビューします。

この当時の全日本プロレスは

三沢選手らがプロレスリング・ノア設立により

選手が大量離脱。

フリー選手をかき集めて

興行を行うなど人員不足の状態が続いていました。

この経歴を見れば、

タイチ選手がお世辞にもエリート、

または期待の新人と呼べるものでは

無かったことがうかがえると思います。

2005年2月に、

デビュー時から付き人を務めていた

川田利明選手が全日本プロレス退団時にともに退団。

後にその理由を

「自分は川田さんの付き人であったため」

と語っています。

川田選手と共にフリーランスで活動。

バラエティ色の強い「ハッスル」や

大谷晋二郎選手が率いるZERO-ONE MAXなどに参戦します。

新日本プロレス・メキシコ遠征へ

2006年6月より

川田選手と離れ新日本プロレスに参戦。

2009年からはリングネームを現在の「タイチ」に変更し、

正式に所属選手となるのですが、

この頃も目立った実績を上げていたわけではありませんでした。

現在、新日本プロレスの解説者としておなじみの

ミラノコレクションAT選手とタッグチーム

「ユニオーネ」を結成するなどしましたが、

多彩な関節技や高い身体能力を誇るミラノ選手ほどの

評価を得ることはなかったように思います。

そしてミラノ選手の引退などもあり

2010年にメキシコ遠征に出発。

そこでタイチ選手が

異例の「大出世」を成し遂げます。

メキシコ遠征→鈴木軍加入!現在の活躍へ

2010年1月に

メキシコ人気団体CMLLへの

長期遠征が発表されるのですが、

わずか1か月後には

内藤哲也選手とのタッグでセミファイナルを経験、

同年5月には棚橋選手とタッグ王座を載冠。

6月にはCMLLビッグイベントの一つとされる

サン・シリダ興行のメインイベントで

コントラ・カベジェラマッチ(敗者丸坊主・もしくはマスク剥ぎマッチ)にて

現地選手とシングルマッチを経験。

敗れて丸坊主になりますが、

CMLLに参戦した日本人レスラーのなかでも

異例の大出世となり、

メキシコのプロレス界でも一躍有名になります。

同年12月に帰国し、

2011年5月に鈴木みのる選手と共闘を宣言。

現在に至るユニット「鈴木軍」を結成します。

この頃から鈴木の異名である

「世界一性格の悪い男」に因んで

「世界一性格の小ズルい男」と称されます。

それ以後の活躍は、皆様ご承知の通り。

  • 2013年にはIWGPジュニアタッグ王座奪取
  • 2015年にはプロレスリングノアに参戦しGHCジュニアヘビー級王座奪取。
  • 2018年にはヘビー級転向し、同年9月にはNEVER無差別級王座を奪取。

ヒールレスラーらしい姑息な反則技だけでなく

現在は師匠でもある川田利明を彷彿とさせる

ハードヒットな蹴り技や投げ技を駆使した闘い方も見せています。

あとがき・私がタイチ選手から学んだこと

177㎝、100kg。

アマチュア時代に華々しい実績もなく、

小柄ならではの空中殺法もできない。

そんなタイチ選手は、

メキシコ遠征後、

誰から見ても明らかに変貌を遂げていました。

2019年に行われた、

タイチ選手の地元・北海道 北海きたえーるにて

メインイベントで行われた

内藤哲也選手と行われたIWGPインターコンチネンタル選手権。

解説の真壁刀義選手が言っていた言葉が

私の記憶に残っています。

  • 

「こいつは、ここまで上がってきたんだよ」
  • 「こいつが最初新日本にあがってきたとき、いつ辞めんだこのカスと思ってたんだよ」
  • 「マジで。ほんとにみんな思ってたんだよ」
  • 
「だけどさ、こいつは一歩一歩這い上がってきたんだよ、それで今があんだぜ」

そんなタイチ選手が見つけた役割が、ザコキャラでした。

「ザコキャラ」という役割も、

プロレス界には必要なのです。

「タイチは汚いことばかりやってずるい」とか

「正々堂々とやれ」とか言うファンの方も多く見ますが

ヒーローばかりの物語は存在しません。

悪い奴がいるから、いいやつが際立つのです。

4番バッターを目指すだけが、

プロの道ではないのです。

やみくもにトップを目指すのではなく、

必要な人間になることが大事なのではないか。

そんなことを長年タイチ選手を見ていて感じました。

私はいつも、タイチ選手の小悪党ぶりを見て

「いい仕事してるなー」

とニヤニヤしてしまいます(笑)

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マウナケアあつし

マウナケアあつし

ロックとプロレスをこよなく愛する三十路プヲタ 幼少期はいじめられっこだった僕は、ある日父親にプロレス会場に連れていってもらったおかげでプロレスFANになり、強い男になることを決意。いじめっこを「ノド輪落とし」で撃退し、無事にいじめからの脱出に成功できた。プロレス観戦歴20年を超える私のかなり「歪んだ」プロレス観を書いています。詳しいプロフィールはこちら→プロフィール